月刊ニュートラック 2001年2月号掲載
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「速いシャシ」といえば、動力性能を上回る走行安定性能・制動性能を備えた車のことだ。トラックに必要以上の高速性能を与える必要はないが、「速いシャシ」たる要求性能は乗用車以上に厳しく問われなければならない。なにしろ総重量(GVW)・連結総重量(GCW)が桁違いに大きいのだから…。
VOITH社の展示ブース
(IAA2000フランクフルト商業車ショーにて)
リターダ・普及と進化の歴史
ヨーロッパに30年遅れた我が国の普及
VOITH リターダを採用すればこんなに利益 を生みだしますよ、という人目を引く展示 (IAA2000VOITH社展示ブースにて)
我が国のトラックでリターダの普及が始まったは1990年代に入ってからだから、それ程古いことではない。リターダメーカーがアフターマーケット用製品としてユーザーに提案し、やがて自動車メーカーがオプションで採用を始めたわけだが、当初は流体式(Hydraulic Retarder)が紹介されたのである。大型トラックのプロペラシャフトの中間部にフレームに支えられたブラケットを新設してこれにリターダ本体を固定し、冷却用水回路をエンジン本体とは別に設けることから始まった。いわゆる“レトロフィット”方式による搭載である。実効ある減速トルクを生み出す為に形状は大きく、重量も200sを超えることも珍しくなかった。加えて、工事費込みの価格も高価であった。
代表的なメーカーであるドイツのVOITH TURBO(フォイトターボ以下、VOITH)社(創業1867年)の場合、リターダ市場に参入したというより自らその市場を創造したのは1960年に遡る。最初は北米の超巨大重量の鉄道機関車用に開発されたが、68年には観光バス用が、次いで75年にトラック用も開発され現在に至っている。ドイツ国内で、当初はバス向け、次いでトラック向けのアフターマーケット市場に参入したのは我が国の場合と共通しているが、その時期は30年早かった。競合製品として流体式ではZF社他があり、併行して電磁式リターダが出現したが、こちらは車載バッテリーから電力を必要とする方式で、空冷式なので冷却回路こそ不要であったが、重量は決して小さくなかった。
我が国のトラックの場合、“リターダ”の導入はVOITH社が88年から先鞭をつけたが、普及に弾みをつけたのは、いすゞ自動車と住友金属が共同で新強力磁性体による永久磁石式リターダを95年に開発し発売した影響に負うところが大きい。これはトランスミッション後部にフランジマウントでコンパクトに取り付けられ、外部からの電力を必要とせず、マグネット筐体を操作する圧力空気のみ配管すればよいという簡単さと50sを割る軽さが折からの車体軽量化・積載重量アップの要請に応える結果となった。しかし、この方式にも、近年、思わぬ課題があることが分かってきた。大きさの割りに減速トルクは大きいのだが、通常走行中に僅かながら燃費に影響を来たし、また連続して使用すると減速トルクの低下傾向を指摘する向きもあることが明らかになってきたのである。
その原因は複合的だが、主たる要因として、前者に関しては、僅かながら磁力が作用するための引きずり現象ではないか、後者については、発熱による温度上昇に伴ってドラムとマグネット間のエアギャップが増加する為にドラムの渦電流発生(これにより減速トルクが発生する)効率が低下することが関係するのではないか、との説が指摘された。
先輩・ヨーロッパでの発展
主流は駆動系に一体化搭載
(図2)VOITHリターダの西ヨーロッパにおける車種別市場シェア(98年実績)
西ヨーロッパ
バス8t超
シェア
トラック16t超
シェア
新規登録車数
12,000
200,000
内、リターダ搭載車
11,000
90%
45,000
23%
内、VOITH搭載車
5,500
50%
14,000
31%
(注)バス中のリターダ搭載割合は急進。トラックは着実に伸長
ヨーロッパでは永久磁石式の出現が遅れたので電磁式リターダはその後もプロペラシャフトの中間に搭載する(レトロフィット)方式が続くが、流体式リターダはシャシメーカーの理解が進みライン装着が普及した。搭載方式はトランスミッション後部にフランジマウントする方式へ移行し、当初は内部のローター回転をプロペラシャフト(即ちクランクシャフト)回転に対し1対1で駆動する方式から、ギヤを介して1対2の増速駆動方式とし、発生減速トルクを維持(或いは増加)しながら小型・軽量化する方向に進化していった。
リターダ部で吸収する運動エネルギーは熱となるが、水冷式の場合、リターダ側冷却回路とエンジン本体側の冷却水路と結んで放出すれば、減速或いは降坂クルージング時のエンジンブレーキも作動している状態でのエンジンの“過冷却”を防ぐ事が出来る。これは、エンジン本体のシリンダー周りの温度を一定化させる効果を生み、エンジンの燃焼の安定化及び長寿命化にも有効であることが分かって来た。
ところで、流体式リターダの内部は、ケースと一体のステータに対面して駆動系と共に回転するローターが配列されており、通常の走行中はケース内が“空(から)”で空気のみの状態にしてある。必要に応じてこの空間に流体(通常は粘性の低いオートマッチクトランスミッション・フルード・ATF)を圧送すると急激に攪拌されて(抵抗となり)減速トルクを発生する。この流体の充填量を調節すると発生減速トルクの大きさが変わる。普通、3乃至4段階に充填量を調節して発生減速トルクを調節している。
リターダに対する要求性能は、通常の走行中は抵抗とならず(引きずりトルクを限りなくゼロに近づける)、運転者が必要を感じてスイッチ操作したら瞬時に(タイムラグ無しに)所要の減速トルクを発生することである。更に、長い時間の使用に際しても安定した減速トルクを発生することが望ましい(といっても日本国内では降坂路走行が何十分も続くことは通常あり得ず、長くてもせいぜい20〜30分だが…)。
ドライバーがリターダを使い慣れてくると、サービス(フット)ブレーキの使用頻度が劇的に減少し、停止操作時のごく限られた回数の使用になることも珍しいことではない。ということは、ブレーキ系摩擦材の消耗とブレーキドラム或いはローターの損耗が大幅に減少することになる。また、サービスブレーキ部の発熱量・温度上昇が減少し周辺への熱放射・伝導が低減する。
駆動系中間部搭載のインライン型リターダ
(VOITH R133型)
その効用として、第一にブレーキ系メンテナンス費用が劇的に減少する。同時にメンテ中の不稼働時間が短縮されるから稼働率の向上をもたらす。走行路線・地域にもよるが、リターダ装着の為の初期投資は3〜4年で回収可能という事例も珍しくはない。第二に、ブレーキ系の過熱が防げるので常に最大の制動力を発揮できる状態を温存できる。これは、いざという場面での制動が確実に行いうることで、安全運行上好ましい。更に、熱輻射によるタイヤの温度上昇が抑制され内圧の安定化と長寿命化に好影響をもたらす。
VOITH社リターダ、進化の軌跡
21世紀にはどんなカタチに?
現地に取材、その動向を探る
オフライン式リターダの断面構造
VOITH社の自動車用流体リターダの進化を振り返ると、第1世代=プロペラシャフト中間搭載型→第2世代=トランスミッション後部一体搭載(以上、インライン式、推進軸に対する回転比1対1)→第3世代=トランスミッション後部一体搭載型(オフライン式・同回転比1対2)の歴史を辿り、現在は第3世代型が全盛である。リターダは駆動系を後方から前方へ移動してきたことになる。では、この先どのように進化を続けてゆくだろうか。
ユーザーの関心は、(1)初期投資額が小さく、(2)制動力が安定しており、(3)通常走行時の燃費悪化などがなく、C小型・軽量で耐久性が高い、などに代表されよう。車両及びリターダメーカーは将来に向けて引き続き多角的なアプローチで研究開発に取り組んでおり、その行く先は、例えばエンジン付属のコンポーネント化の方向に向かっている。
トランスミッション後部搭載
インライン型リターダ(VOITH R120型)
手前の配管は冷却水用
トランスミッション後部搭載
オフライン型リターダ(VOITH R115型)
現在、前述の第3世代流体リターダはトランスミッションの付属コンポーネント化されているが、将来はエンジン付属のコンポーネントになり、作動用流体は現在の“オイル”(ATF)から“水”に変わってゆくことが予想される。現在、トラック、バスで多用されているディーゼルエンジンは、高圧縮比による大きなエンジンブレーキ効果、これを更に利用したエキゾーストブレーキという制動手段を備えている。これに、冷却水と共通の水系作動流体を利用した“リターダ”を一体搭載すれば、ローターをより高回転で駆動することが可能となり制動効率が高まる(小さな形状で大きな制動トルクが得られる。但し、エロージョン対策上の限界があるが)。冷却系統を独立させる必要は無くなくなり、配管も最小限に留めることが可能となる。当然、より一層のコスト低減の可能性が高まる。こうした“第4世代流体リターダ”出現への期待は、21世紀初頭の早い時期に実現する可能性が高い。
車両メーカー夫々の商品企画・設計思想は競争下にあり、車としては各社(車)に特徴が見られるが、無視できないトレンドとして地域及び地球環境問題への対応がある。
ヨーロッパのトラックの駆動系は、(A)比較的小さな排気量のエンジン、(B)多段トランッスミッション、の組み合わせにより、走行中、エンジンの負荷率を出来るだけ平坦化させ、燃費を向上してCO2排出を抑制し、更にIEを駆使した高度な駆動系総合マネジメントと後処理システムを付加して排出ガスの浄化を高める戦略に沿って開発が進んでいる。“比較的小さな排気量のエンジン”は相対的に制動力も小さくなることを意味する。従って、駆動系によるより大きな制動力を確保するにはリターダが必要との認識に立っている。メンテナンス上も有利であることは先にも触れた通りである。
米国のトラックの場合、従来は大排気量エンジンが好まれ、独立したリターダを付加するよりは“パワータード”に代表されるエンジン内部制動力を極大化して利用することが特徴であった。広大な北米大陸という自然環境から生まれた、製品上の風土といってもよいだろう。しかし、21世紀初頭のトラックに課せられた環境対策上の課題はこうした長年の風土に変化をもたらす可能性を秘めている。北米メーカーの多くが何らかの形でヨーロッパのメーカーとグループ経営若しくは提携関係にある今日、技術・設計思想のシナジー(相互影響)効果の高まりは無視できない。リターダが北米でも今後普及してゆく可能性が予感される所以である。
ここに“外堀が埋められつつある”一つの事例がある。米国の隣国であるメキシコの首都メキシコ・シティを起点とする都市間路線バスが、僅か最近の3年でVOLVO、BENZ等のヨーロッパ勢(現地生産車)の新車に一斉に代替されたのである。その数は2千400台を超えるというが、その全てにVOITH社の(流体)リターダが搭載されたのである。周知のとおり、メキシコ・シティは3000mの高地にあり、ここを起点とする路線は長い降坂路の走行が避けられない。北に向かう路線の終点の中には、米国内の都市も含まれていよう。前述したリターダの効能が口伝てにバス会社に、そしてトラック運輸企業に伝わる可能性は充分予測される。その先の動きは意外に早いかも知れない。
車速の増加は運動エネルギーを速度の二乗で増加させ、エンジンブレーキだけでは制動力が不足することを示すイメージ図。リターダの必要性が一目で理解できる
VOITHリターダの
故郷を訪ねる
VOITH社の本社(クライルスハイム市)
IAA2000の取材を終え、それまで8日間滞在したフランクフルト(アム・マイン)市からVOITH社の本社・研究開発部のあるクライルシャイムに向かったのは、秋の気配が深まりつつある快晴の9月29日であった。時刻は9時15分前、早暁にクライルシャイムを発ってここまで迎えに来てくれたのは、手入れの行き届いた黒塗りのベンツ・Sクラスである。品の良い年配のドライバーは名前がイェンダー(Jenter)であること、これは自分の車(即ち、個人タクシー)であること、更に彼にとっては戻る、筆者にとっては初めて訪ねるクライルシャイムまでおよそ2時間半の行程であることを告げた。
フランクフルトから一旦針路を東にとり、アウトバーンA12号線に達するとそれから一路南下するコースである。出会いの挨拶で筆者のドイツ語は片言でダメ、と分かったせいかイェンダー氏は無駄口をきくわけでもなく、しかし、要所々々で手短に景観の説明をする気遣いを見せてくれる彼の運転は、巧まずして“これぞドイツ人のプロの運転”を体感させてくれたのである。所要2時間といっても距離は悠に250qはある。フランクフルト市北部郊外の宿舎から最寄りのアウトバーンに入る迄の約10分、A12の最寄りの出口からクライルシャイムまでのおよそ15分を除けば、ごく部分的な渋滞箇所以外全てアウトバーンを150〜180q/hを維持してクルーズするのである。9時半を回った辺りから大地は起伏が大きくなり、所々の渓谷を跨ぐ高架橋では黄色が多いドイツ特有の秋の景色に息をのむ瞬間が何度もあった。
クライルシャイムは人口4万人という田園的な街である。勿論、教会を中心としたダウンタウンも存在するが地形に逆らわない起伏を生かした街造りが印象的である。ダウンタウンから5分も走るとVOITH社に到着である。時計は正に11時15分、所要時間2時間半。プロドライバーとはかくあるべし、を地で行くような朝のドライブであった。
終始案内してくれたクレアリン海外市場開発部長
背後の大きなタービンは産業機械用で出力8000Kwに対応して実用されたもの。ブレードが不等ピッチで配列されていることに注目。騒音、振動、エロージョンの防止を考慮したノウハウの結晶
リターダ研究開発部、
コンパクト化と
引きずりトルク・ゼロへの
飽くなき挑戦
クライルスハイム市周辺の起伏路。ロードテストのコースの一部にも使われている。手前に見えるのは、オンボード・コンピュータのディスプレー
VOITH社の事業構成は売上ベース(98/99年)で製紙機械関係(56%)、パワートランスミッション(以下、PT)関係(27%)、水力発電関係(ジーメンス社と提携)(16%)、その他(1%)となっており、歴史的には大型水力機械が社業の原点となっている。これを物語るのが本社正門に据え付けられている大きなローターである。リターダは上記PT部門に含まれており、用途は自動車用、鉄道用、各種機械用である。
直近の98/99年次報告書によれば、資本金7億8千4百万マルク、売上高(全社)38億5千9百万マルク(内、TM部門は10億3千9百万マルク/構成比27%)、従業員1万2千668人(同、3千528人/26%)である。自動車用リターダの殆どは車両メーカーにOEM供給されるが、最近の顧客は1位がベンツ(55%)、2位がエヴォバス(13%)、3位がルノー(9%)、4位がMAN(8%)、5位がボルボ(4%)となっており、この5社向けで全体の84%を占めている。
研究開発費は全社売上の5・9%が注入されており2年前には7・2%を記録したこともある。クライルシャイムの研究開発部はPT部門のもので、予算の多くはリターダ及び流体カップリングに向けられている。研究テーマは将来型、現行型の改良に大別される。新製品はほぼ3年ごとに投入されている。トランスミッションに一体化されて組み付けられるタイプでは、ベンツの場合は自社製トランスミッションに組み付けるが、他の車両メーカーでは外部調達コンポーネント(例えばEATON社製)に組み付けを指定される場合がある。現行品の改良には、こうした相手となるコンポーネントとのマッチング問題も含まれる。
最大の競合相手は先にも触れたZF社である。最近の事例では、MAN及びルノーVIが主力トランスミッションにZF社製を採用した為に、VOITH社はこの部分の顧客を失った。しかし、車種によって使い分ける機種の中にはVOITHリターダを必要とするものがああり、絆が完全に絶たれたということではない。こうした購買政策に起因する劇的変動は、見方を変えれば逆の現象となってVOITH社に有利に働く場合もあり得るわけである。同社のリターダは最初の発売から26年目の94年に通算10万台目が、97年には15万台目が納入されている。2000年には通算19万9千台の納入を達成したというから、増加率は大きく普及は加速しているといえよう。
リターダ事業部はクライルシャイムの本社内の研究開発部とここから南に約200qのミュンヘン市郊外の製造部に分かれている。
研究開発部は、訪れた当日には日野自動車のトラクタ向けEATON製トランスミッションに組み付ける製品の最終チェックが行われているなど、日本リターダシステム(以下、NRS)を介して納入される製品を含め、少量製品の検査機能も担っているようだ。
リターダについては、単体性能の向上と同時にトランスミッションの自動化の進展に伴う駆動系総合マネジメントの対象となって、電子制御化が進んでいる。こうした領域の研究も大きな比重を占めているという。
ここクライルシャイム周辺の地形は起伏に富み、ベンチテストと併行して実車試験の格好のフィールドを提供している。体験ドライブ用の車に同乗してみたが、オンボードコンピューターによって多岐に亘る項目の記録をとりつつ走行する“田舎道”は、所々にたわわに実をつけた野生の林檎の木が点在する“秋色の街道の風情”であった。そういえば、ドイツには林檎の果樹園というのは存在するのだろうか。店で買う林檎も、あの野生の木の上の実と同じに見えたが…。
テストベンチの例。
新機種は凡そ3年ごとに市場投入されてきた
複数保有されているテスト車の内の1台。
筆者も体験走行に同行した
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